2020年1月14日火曜日

「次が大事」

クレヨン牧師のミニエッセイ

「次が大事」

 一年に一度?の「CCLコンサート」が近づいてきました。今秋は「プロムナード・コンサート」と題して行われます。そのCCLの集まりをかねて、伝道委員会が行われました。たくさんの興味ある話しの中で、フルート奏者の梶川純司氏が次のようなことを教えて下さいました。

 「コンサートの最中に、この音はあきらかに間違い、しまったという音を出すときがあります。しかしそのときは、次の音でその間違いの音をどう生かすことができるかです。間違ったことにこだわらず、間違いを生かすことを考えます。そこに生演奏の醍醐味があると思います」。

 そうだなあと思いました。私たちは間違いに捕らわれてしまいます。捕らわれたら、くよくよします。落ち込みます。二度と間違いはすまいと固くなります。しかし、間違ってしまったことはそれとして、次ぎにその間違いが生きるようにもっていくことの方が大切だといえます。そうすると、その間違いも間違いではなくなり、もっと素晴らしいことへと導かれる過程の一つになるのです。ただし、間違いをごまかしてはいけないのでしょう。間違いを生かすには、間違いは間違いとしてきちんと自分の中に受けとめねばならないからです。

 私たちも神さまの前では、多くの間違い、過ちを繰り返します。なかったことにしてほしいような現実もたくさんあります。しかし、それでも神さまは主イエスをとおして、新しい命に招かれていることに気がつくことの大切さを教えてくださいます。十字架を見上げるとき、私たちは過去の過ちから解放され、新しい生き方へと招かれます。すべては主の十字架によって、罪あるものから救われた者へと変えられるのです。罪は罪として覚え、なおそこに留まらず救われた自分を感謝したいものです。