2020年3月31日火曜日

みなさん!ありがとう!

2016年から4年間にわたり、
阿久根教会の主任牧師として働いてきました。
神様のたくさんの祝福と恵みをいただきました。
この度、日本福音ルーテル広島教会に転勤となります。
皆様のご協力感謝します。
4月1日からは関満能牧師が主任牧師になります。
みなさんよろしくお願いします。
お世話になりました!神様と皆様に感謝します!

2020年3月30日月曜日

「舌を制御する」

阿久根ルター君の朝のみ言葉
「舌を制御する」
ヤコブ 3:5 どんなに小さな火でも大きい森を燃やしてしまう。
読売ネットニュースで、山陽新幹線博多駅でおきた「男女のけんか」を読みました。新大阪行き「こだま750号」での出来事です。車内で男女がケンカをはじめたために出発が15分おくれ、計1300人に影響がでたというものでした。原因は60歳代と40歳代で内縁関係にあった2人が、駅弁を買うかどうかで口論となり、ケンカが相手を蹴るなどに発展したそうです。鉄道警察員3名が駆け付けて仲裁にはいったのですが、おさまらず15分遅れで出発。2人は新下関駅で下車したということでした。最初は些細な口ケンカが原因で、次第におおげさになったのでしょう。ただ、この2人の心の深い所にある何かを見る思いです。
ヤコブの手紙3章は「教会内の争いについて」がテーマです。初めの部分では、言い争いを生む「舌」が問題とされています。舌を制御できる人は、全身をも制御することができ、神様に完全に従うことが出来るとヤコブは教えています。ところが、舌を制御できないと大変なことになります。舌を制御できない問題は、その人の中心に何があるかだと思います。
三女の4歳の誕生日のときのことです。誕生パーティを盛大に行い?いざ誕生プレゼントになりました。お姉ちゃんたちはこの日のためにいろいろと考えたのでしょう。手作りのプレゼントを持ってきました。タオルでつくった「だんご3兄弟」、古くなったトレーナーをエプロンに作り替えたり、ぬいぐるみをリニューアルしたりと。いつもは喧嘩ばっかりしているのに、やっぱり仲良しなんだなと実感できました。たくさんの物が机に並びました。どれもこれも楽しいものばかりでしたが、三女が本当に喜んだのは、実は1枚の紙切れでした。その紙切れとはお姉ちゃんたち直筆による「表彰状」だったのです。「表彰状。あなたはぶじに4さいになりました。げんきでおたんじょうびをむかえたので、みんなでひょうしょうします。たての家のみんなより」
元気に誕生日を迎えたことを表彰されたとしたら、やっぱり嬉しいものです。いまではそんなに誕生日を特別な日だとは思わなくなりましたが、それでも無事に今年も誕生日を元気に迎える事ができたことは心から感謝すべきことだと言えます。
 ヤコブは「舌は小さな器官ですが、大言壮語する」と言います。舌を制御することの難しさを思います。また「父である主を讃美し、また、舌で、神にかたどって造られた人間を呪います」と言います。同じ舌から相反することがでてきます。問題となるのは、その人の中心に何をおいているかだと思います。せめて人を元気づける言葉を語りたいものです。

2020年3月29日日曜日

気ままな休日・送別会はウナギ

宇土教会の前に、老舗うな専が移転してきました。
食べたいな~と礼拝後にいつもつぶやきました。
すると送別会はうな専で!と。
美味しかった~~~~~~~感謝!

2020年3月28日土曜日

明日は3月最後の礼拝ですよ!


説教者:吉谷正典牧師(引退教師)


聖書朗読 
@第1日課: エゼキエル  37: 114  〈旧約1357頁〉
@第2日課: ローマ      8: 611  〈新約 284頁〉
@本日福音: ヨハネ      11:1727  〈新約 189頁〉

2020年3月27日金曜日

2020年3月26日木曜日

「音楽は祭の一つ」

クレヨン牧師のミニエッセイ

「音楽は祭の一つ」

 礼拝堂コンサートを通して、多くの出会いを与えられています。とくに音楽関係の方々との出会いは豊かなものいただいています。先週はその一つのグループの人たちとの交わりがありました。彼らは「空想民族音楽・SAYAN」の人たちでした。

 空想民族音楽って何か?アフリカの民族楽器をつかった音楽で、「内なる自然との交感を求める打楽器と声。世界の先住民への敬愛と共感をこめて招きよせる祭の空間」なのだそうです。わかったようなわからないような。ようするにアフリカの打楽器をつかった演奏家たちです。しかし、その演奏は人の心に響くのでした。太鼓がしゃべるのです。もともとアフリカの太鼓は村々への情報伝達の一つだったといいます。この演奏家たちは老人ホームや障害者施設をまわって、その人たちの心のそこに眠っている魂を癒すことを目的としているというのです。

 最近「癒しの音楽」と言われます。しかし、そのほとんどが一方的に聞くことが求められます。バッハの音楽を誰かが演奏してそれを聞くといったころです。しかし、彼らの主張は癒しはそれだけではいけない、一緒に音楽を楽しみ参加する空間が人を癒すと言うのです。老人ホームで演奏していても、その音色で人々はいっしょになって踊り出す。寝たきりの方でも手を動かし始めるというのです。

 音楽は祭の一つだといわれます。祭には踊りがあり、歌があり、太鼓があり、そして大人も子供もいっしょに楽しんでいる。それが別々になってしまったのが現代かもしれません。そんな話しをききながら、それはすべて礼拝にあるのだと思いました。祭りには神様が中心におられるからこそ、人々の魂は癒されるのでしょう。