2018年4月24日火曜日

否定語を使わずに

クレヨン牧師のミニエッセイ

「否定語を使わずに」
 
 「ひと言のちがい」という本に次ぎのような話がありました。
 
 「JRの駅のトイレに入った。用をたす。その目の前に貼り紙があった。《汚さないでください》といった注意書きではなかった。それでいて、何となくきれいに使いたくなる貼り紙だった。その内容は・・・。《きれいに使って頂いてありがとうございました》」。
 
 さて、私たちのまわりには《否定語》を使うことが多々あります。自分のことを反省してみると、子供にたいしてなんと否定語が多いことかと、がっかりします。注意や禁止を告げる言葉も、言い方によっては人を傷つけづにすむものです。「京都の人は否定語を使わずに断るのがうまい」と作家・渡辺淳一さんは言います。どのようにうまいかといえば、男性がデートに誘う。相手方がその気がなければ次のようにやわらかく断る。「おおきに、ほんまごいっしょでけたらよろしおすな」。こういうふうに言われると傷つくほうも少ないように思えます。
 
 さて、主イエスの言葉はどうでしょうか。主イエスによる否定語ということを考えてみますと、あまりピンときません。むしろどんな御言葉にも励まされているように思えます。たとえいけないという言葉でも、それが私たちのことを考えた深い言葉であるならば、人は前向きに受け取ることができるのです。主イエスの御言葉はどんな言葉でも感謝して受け取ることができるのです。