2019年11月26日火曜日

「ケンカはイヤです」



クレヨン牧師のミニエッセイ

「ケンカはイヤです」
 
 若手教職(卒業して15年以内)の退集会がありました。主イエスが退いて祈られたことから、牧師たちの修養会を退修会といいます。テーマは「職務と本音」というものでした。その中で印象深く聞いたことは、「もっと牧師は家族・家庭を大切にしよう。家族のために時間をさこう」というものでした。家庭を大切にするということはわかりますが、それが若手教職の本音だとすればなんだか寂しく思いました。
 
 もうひとつ残念だったことは、「みんな本音をだしあってケンカしよう」「はっきりいってケンカうってます」などという表現が、一部の牧師たちからでてきたことです。何のために牧師たちがケンカする必要があるのでしょうか。ケンカすることによって新しい関係がうまれ、お互いがよく知り合えると弁解していましたが、そうは思いません。お互いケンカしなければ仲良くなれない牧師たちってどんな存在なのか。考えこんでしまいました。ある若い牧師は「僕はケンカは嫌いです。牧師の中からケンカしましょう、ケンカうってますという言葉がでてきて寂しいです」と言いました。私も心から寂しく感じました。
 
 なぜ寂しく感じたのか考えてみました。やっぱり、神様の平安に反するからだと思います。意見の違いはあってもいいのです。しかし、そこには信頼というものがあるからです。お互いの人間を信頼するのではなく、私たちの間におられる主を信頼できるかだといえます。若い牧師たちに、「私たちは同じ主イエスに召されている」という信頼があるでしょうか。そこは語られなく、ケンカしましょうでは分裂を生むばかりだと感じました。
 
 やっぱり、ケンカはいやですね。どうしても「お互い愛し合いなさい」という、主イエスの命令に反すると思います。主の平安のなかで過ごして行きたいものです。