2016年11月13日日曜日

聖なる空間を保つ


神様のクレヨン

大江教会は「お坊さん牧師さん神主さんがいるカフェ」として知られてきました。よく電話がかかってきます。この度九州臨床宗教師会と熊本大学・大阪大学・東北大学が共催となって「熊本地震復興支援シンポジムム」を行う事になりました。テーマは「被災地における人々のケア~宗教者の役割とその連携の可能性~」という会です。宗教の公共性ということが徐々に広がってきたように思います。

 この会の準備のために大江教会カフェが用いられました。お坊さんや神主さんも落ち着くと言ってくださいます。また癒しの空間としてのカフェの役割がとても気に入っていただいています。宗教宗派を超えて集まる宗教スペースは、大江教会にのみあります。もしかすると時代の最先端を行っているのかもしれません。しかも、これからの宗教施設の在り方、用い方、さらには癒しの空間としての役割のモデルケースとなっているようてす。オンリーワンがまた一つ増えました。

 今回、宗教者平和会議の事務局の方が「この教会は24時間オープンと聞きました。危害や泥棒、イタズラはありませんか」と質問されました。実は24時間オープンにして5年になりますが一度もありません。その理由はよくわかっています。それはここが聖なる空間だからです。神社やお寺の本堂で危害を加える人はいません。「ばちがあたるから」です。そこには神様がおられて見ておられるからです。つまりそこが聖なる空間として認知されているからです。大江教会になにか危害があるとすれば、そこが聖なる空間となっていないと言う事だと考えてきました。
 ただ皆さんに覚えていてほしいことは、聖なる空間として保つことの難しさです。また見えない働きの大きさです。ひとつの教会を聖なる空間と保つのは、存在しているだけではないのです。この空間を守り保ってくださっている方がいるからです。