「ジャングル温泉」
2017年3月23日木曜日
ジャングル温泉
クレヨン牧師のミニエッセイ
「ジャングル温泉」
鹿児島教会へいってきました。とても楽しい時を過ごしましたが、蒸し暑さにはまいってしまいました。南国特有のバケツをひっくり返したような雨。その後一時の晴れ間。そしてまたバケツをひっくり返したような雨。これでは蒸し暑いのもしかたありません。しかも火山のすぐそば。熊本生まれの私にとっては懐かしさもありました。
そのような雨の中、イッシーで有名になった池田湖をみて、砂風呂を見学(地熱がこれだけあれば蒸し暑いはず)、その後、指宿のジャングル温泉へいきました。一番喜んだのは娘達ではなく、二人の牧師たちで、観葉植物に囲まれながらお風呂に入るのは最高でした。しかもとにかく広いとくれば言うことなしでした。
神様の作られた自然は、私たちをゆっくりとさせてくれます。そこにただ自然があるだけで心が落ちつくのです。なぜでしょうか。それは人間も自然も、神様が造られたものだからだと思います。もともとは一つのものだからではないでしょうか。私たちは機会の一部としてではなく、自然の一部としての人間なのです。もういちど行きたいジャングル温泉です。
「ジャングル温泉」
2017年3月22日水曜日
アイデアで乗り切る
阿久根ルター君の朝のみ言葉
「アイデアで乗り切る」
マタイ7:28 群衆はその教えに非常に驚いた
何を話そうかとさんざん悩んだあげく、とうとう時間切れになってしまいました。仕方ないのでイソップの寓話を読んでいましたら、有名な「かにの親子」という物語に改めてはっとしました。その物語は、皆さんもよくご存知だとおもいますが、かにのお母さんがその子に、「横にはうものではありませんよ。またわき腹をじめじめした岩にこすりつけてはいけませんよ」といいました。子どもは、「そう教えてくださるお母さんがまっすぐに歩いてください。私はそれを見てその通りにします」といいました。久し振りで読むとなかなかのものです。私たちはあまり自分をみませんし、していることがどう見えているのかわかりません。イエス様は「我に従え」といわれます。イエス様に従う時、そこには十字架が見えてきます。すると私たちの救いが見えてきます。
イエス様のたとえ話を読んでいると、アイデアに満ちていることがわかります。種をつかったり、からしだねの話をしたり。そのときにあった話をされているようにおもいます。しかも具体的なのでわかりやすかったのでしょう。しかし、聞く側に問題があると大変奇妙で、難しい話になってしまいます。
先週、犬のトレーナーの話を聞きました。犬のしつけを簡単に行う方法を話してくれたのですが、ポイントは「アイデア」と言われました。犬がどうやったら思うような体制にできるかを人間がアイデアをだすことという話だったのです。 つまり、「伏せ」を教えるのに、上から押さえつけたり、叱ったりしては絶対いけない。無理やりやらせるのはいつまでたってもできない。それではどうするか。犬が伏せの体制を自然ととれるようなアイデアを出せばいいというのです。つまり、まず人がかがんで足をだし、その空間をとおらせれば自然と伏せの体制になる。そのときにご褒美をあげる。何回かするうちに伏せができるようになるのです。犬も楽しいことなのですぐに覚えるというのです。
本日の聖書には「群衆はその教えに非常に驚いた」とあります。イエス様の教えもアイデアが満ちています。なにかにぶつかったとき、苦しいときアイデアで乗り切ることができることって多いものです。働きの中でもそれぞれがアイデアをだして楽しく働きましょう。
2017年3月21日火曜日
蛍
クレヨン牧師のミニエッセイ
「蛍の乱舞にさそわれて」
先週はこの雑文に書きたい話題が多い週でした。松山での出来事。フェリーでの出来事。どれもこれも楽しい出来事でした。そんな中で、やっぱり書きたい出来事は、今年も蛍の季節になったということです。
六日市集会にいく道では、いま蛍が乱舞しています。車でスピードをあげて通り過ぎると何もみえません。しかし、車を止めてライトを消し、静かに川をながめていると、一つ、二つと灯が増えてきます。そして五分もすれば川中に蛍の群れが飛び交っているのがわかります。不思議に思うのは、みな一定のリズムで光っているということです。バラバラには決して光りません。光るときは一斉に光るのです。神様の創造の業の不思議さを思います。
さて、友人と一匹捕まえようということになりました。ところが、これが大変でした。子供の頃はあんなにたくさん捕まえたのに。しかし、やっとの思いで一匹捕まえて、車の中に離しました。そのままの状態で、六日市、益田、徳山へと車を走らせているうちに何だか蛍に対して気の毒になってきました。たった一度限りの命ではないか。神様の業の中で生まれてきたのではないか。そう考えてみると、蛍も私も同じだなと思ったのです。
やっぱり川に返すべきだと思ったとき、ちょうど捕まえた場所に着いていました。いそいで車の中から探しだし、同じ場所に戻した時、前にもまして大勢の蛍に取り囲まれていたのでした。
「蛍の乱舞にさそわれて」
2017年3月20日月曜日
キリストに結ばれて
阿久根ルター君の朝のみ言葉
「キリストに結ばれて知恵」
2テモテ 3:15 自分が幼い日から聖書に親しんできたことをも知っているからです。この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。
バスを待っていたときのことでした。お母さんらしい人が子供に、「脳のシワが多いほど頭がいいのよ。うんと勉強して、シワをふやしなさい」と言いました。すると子供は、「それじゃお母さんは、顔で考えているんだね」と返したのです。横にいて驚かさせられました。「頭がいい」という言葉をよく聞きます。いまでは勉強がよくできることをいうのでしょうが、私などは「賢い」といわれたいです。この「賢い」とうのは聖書では心の問題としてでてきます。つまり、人の賢さは心から出てくるものではないでしょうか。
パウロはテモテへの最後の言葉を残しています。テモテがすべての点でパウロに忠実に従ってきたことを改めて強調しているのです。その最後の言葉の中で「キリストに結ばれて」という表現があります。キリストと私たちを結んでいるのは「自分が幼い日から聖書に親しんできた」そのことによるというのです。
ある教会では、宣教百年の記念事業として「教会員全員が聖書通読をする」という計画を立てています。簡単に聖書通読といっても、いざやろうと思っても無理です。聖書通読の基本は「毎日読む」です。この毎日読むことが続かない。そして次に大切なのは集中することです。なぜなら読みながら別のことを考えてしまうからです。字を追ってはいますが、何を読んでいるかわからなくなります。最後は祈りです。御言葉を受けとる祈りをして心を準備するのです。そうやってはじめて「キリストに結ばれた」聖書通読ができます。
パウロは「聖書は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます」。と告げています。このパウロの言葉は真実です。聖書を毎日よむとき、毎日イエス様と出会い。毎日救いに導く知恵を与えられます。このような恵みをいただいていることが「キリストと結ばれて」いることです。教会生活の基本は聖書を読むことだと言えます。
2017年3月19日日曜日
2017年3月18日土曜日
きままな休日・黒豚トンカツ
気ままな休日
鹿児島といえば黒豚とんかつでしょ!
大江教会宣教ツアーの皆様がみんなでトンカツを食べました。
さすがに美味しいですよ。柔らかいし、サクサクもっちりです。
ぜひ皆さんも、まず礼拝に出てそれからトンカツへ!
2017年3月17日金曜日
鹿児島教会の礼拝が10倍に
大江教会からの宣教ツアーを迎え
礼拝がいつもの10倍に!
いいですね!またやってきますよ!大江教会宣教ツアー!
熊本大江教会と阿久根・鹿児島教会は宣教協力をしています。
ますますつながりを深めてまいります。
熊本大江教会と阿久根・鹿児島教会は宣教協力をしています。
ますますつながりを深めてまいります。
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